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夕刊記事

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    写真は亀戸天神



  こころの風景 松平 盟子 (歌人)

 激しい恋や深い愛を歌う歌人として有名な与謝野晶子は、他方 では評論家として大正時代全般を通して活躍した。
 時の政治や社会を論じ、女性の参政権や、教育問題を積極的に 提議するいわば硬派の顔を紙詩面で見せていたのである。
 固陋な因習や男尊女卑のまかり通る社会のありように、手厳しく批判の目を向け、その筆致にも迷いが無い。
 何というか、雄雄しいほどの強い意志がそれらを貫いている。
 『堅苦しく、うわべの律義のみを喜ぶ国、しかも、軽はずみなる移り気の国、支那人ほどの根気なくて、浅く利己主義なる  国、亜米利加の富なくて、亜米利加化する国、疑惑と戦慄とを感ぜざる国、男みな背を屈めて宿命論者となり行く国、
めでたく、うら安く、万々歳の国、』
 明治45年3月当時の日本に対する鋭い皮肉を発表していた
 晶子 満で33歳。。。(朝日新聞夕刊より抜粋)

 でも考えようによっては、このような、文章も発表出きた明治 はまだ大らかなりと言える。
 昭和の時代にこのような、文章を発表したら、多喜二同様の、 憂き目に会ったと、私は思う。戦争中は軍国少女だった私も
 晶子の「君死に給うことなかれ!」を学校の図書室でそっと読 み胸熱くしたこと、戦後はみだれ髪を夢中でノートに書き写し た思いでもある晶子。
 戦後教科書で学んだ一句
 清水へ祇園をよぎる桜月夜こよい逢う人みなうつくしき。
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